とりあえずの報告です。

お久しぶりです。
昨年の第3回Songマラソンの報告をあげたきり、かなり、ご無沙汰してしまいました。
正直、何から書こうか。
どう、書こうか。
迷ってばかりで、書けなかったというのが、本音です。
Songマラソンの主宰として。
イベンターの先輩達からは、イベントをやる上で、自分の事情を持ち込んではいけないと、よく、言われています。
しかし、生活しながら、イベントをやる以上、個人的な私生活の問題も、出てくるわけで。
やっぱり、そこを飛ばしてしまうと、自分の素直な気持ちで伝えられなくなってしまう。
それに、よく、事情が分からないまま、結論だけ、書くことになってしまう。
ずっと、支援してくれた方達に、ちゃんと、分かってもらいたい。
だから、あえて、自分の事情なんかも、書きながら、今後のSongマラソンに向けて、書いてみようと思います。


まず、昨年、協力していただいた方。
お客様。
募金していただいた方。
本当にありがとうございました。
あれだけの方に、協力していただきながら、今に至るまで、次回の開催について、なんの報告もできなかったことをお詫びします。
申し訳ありませんでした。

昨年、協力していただいた方の中には
「来年も、やるなら、協力するからね~」
と、言ってくれた方も、います。
私も、元気良く、お願いしますなんて、言ってしまいましたが…
しかし。
結論から言うと、今年は私の地元、山梨県で開催しようと思ってます。
まだ、何も決まっていませんが、山梨県で開催するということ。
今回は山梨県で活動する、シンガーソングライター岩崎けんいちさんを通じて、カンボジアの学校建設や、文房具の寄付のために、開催すること。
この2つ以外は、場所や日時などは、一切、決まっていません。

 

なぜ、山梨県かと言うと。
昨年のSongマラソンが終了し、年が明けた頃。
早くも、次のSongマラソンをどうするべきか、悩んでました。
そんな中、あの大雪が、日本を襲いました。
山梨県でも、農業被害は深刻だったし、1週間も、孤立してしまった場所も、ありました。
私の住んでる場所も、道路も通行止め。
電車も、全線、ストップ。
身動きが、とれない状態でした。
山梨県の色んなご縁を通じて、知り合った友人の安否が、気がかりでした。
そして、私にできることは何かって、必死に考えたけど…
現実は自分自身も、孤立集落にいて、何もできませんでした。
メディアはオリンピック一色で、その時の山梨県や、他県の様子すら、伝えてくれませんでした。
色んな意味で、悲しかったです。

それでも、山梨県の人々はたくましく、県外から、来て、立ち往生した方のために、炊き出しをしたり、泊まる場所を提供したり、笑顔で動き回ってました。
そして、その情報をSNSで共有し、みんなで助け合ってました。
そんな人達の中にも、農業被害で深刻なダメージを受けた人はたくさん、います。
まるで、震災の時のデジャヴを見てるようでした。

 

雪が止み、時間が経つにつれ、山梨県は何事もなかったかのように、また世間の話題から、消えていきました。
しかし。
農業被害は深刻で、復興を遂げたわけではありません。
なんとか、再建を目指し、頑張ってはみたものの、今年の梅雨の異常気象のひょうにより、また打撃を受けた地域もあります。
そして、私にとって、一番、悲しかった被害は福島県飯舘村の牛さんが暮らす里「までい牧場」で、牛さんが、2頭も亡くなってしまったことです。
大雪が、降ってから、スタッフの方が、なんとか、現地に行こうとしたそうですが、やはり、雪に阻まれ、行けなかったそうです。
雪が止み、2日後に行った時には1頭は雪の重みで崩れた、牛舎の下敷きになり、ケガをしていたそうです。
そのケガが原因で、看病の甲斐もなく、数日後に亡くなったそうです。
もう1頭は生まれたばかりの子牛で、2日間、お母さん牛に、ご飯をあげられなかったせいか、突然死してしまったそうです。

までい牧場に、福島から、牛さんを2頭、連れてきたのは他でもない、岩崎けんいちさんです。
そんな、深い悲しみも癒えないまま、岩崎さんは毎年、訪れている、カンボジアに旅立っていきました。
カンボジアは長く、内戦状態にあり、未だに地雷も埋まってるし、学校も、足りていません。
暮らしも、豊かとは言えず、学校に行けない子ども達が、たくさん、います。
戦争が終わっても、その爪跡は深く、癒えません。
それをなんとか、音楽の力で癒そうとする、岩崎けんいちさん。
そんな、岩崎さんの背中を見ていて、何か、元気になってもらえるようなことが、できたら。
そして、それが、カンボジアのためになったら。
そして、もっと、頑張って、までい牧場のためになれたら。

 

私は今まで、世界平和を叶えたいという、信念でSongマラソンをやってきました。
しかし、このタイミングでどうして、震災復興じゃないんだと聞かれる度、意地になって、こう答えました。
「世界から、戦争をなくしたいという、思いと、震災復興は違います。戦争は人が、起こすものだけど、天災は違いますから。」
でも、震災の時、放射能を逃れ、山梨県にやって来たのに。
今度は雪で、死んでしまうなんて。
その出来事に、何の意味があるのかは分からないけど。

 

自分の音楽生活や、私生活のほとんどを投げ打って、毎年、カンボジアに行き、学校の建設や、地雷の撤去。
子ども達を守るために、活動してきた、岩崎けんいちさん。
そして、今度はまでい牧場のために、雪での悲劇を乗り越え、またさらに、奮闘しています。
岩崎さんと、一緒に何か、やりたい。
純粋に、そう思いました。
岩崎さんはカンボジア支援と、までい牧場の支援とは区別しません。
いつも、ふくちゃん、しまちゃんと、名付けられた牛さんの絵の横にはカンボジアの募金箱が、置いてあります。
理由をうまく、語れないけど。
ただ、ただ、人の深い愛情と、温かさを感じました。
それを見た時、
「なんだ。何も、無理に区別しなくてもいいじゃん」
と、思いました。
岩崎けんいちさんの歌の歌詞に
「みんな 一緒がいい」
という、歌詞があります。
そう、みんな、一緒がいい。
みんな、一緒でいい。
一緒に、やればいい。
区別する必要はない。
そう、思い、岩崎けんいちさんに、話をしてみました。
とりあえず、OKの返事はいただいてます。
まだ、日にちなどは決まってないし、場所や、協力してくれる方を集め始めたところです。

 

しかし、今年も、もう、8月。
折り返し地点をとうに過ぎ、真夏の暑さが、日々、自然のすごさを教えてくれます。
しかし、この時点で、やっと、動き始めた、Songマラソン。
今頃、遅いよと、お叱りの声が、聞こえてきそうですが…
大雪が、終わった後も、混乱は収まりませんでした。
それは、個人的な事情になりますが。
今年の春、母が、重度のうつになり、寝たきりになりました。
私自身も、10年ほど前から、うつなど、併発しています。
お互い、パンパンの状態で、なんとか、家事を分担しながら、やってきました。
今は母は、だいぶ、回復しています。
しかし、母の看病や、家事に追われ。
仕事に追われ。
実は他のイベントでも、色々、声をかけていただき。
正直、私自身、余裕がないのが、現実です。
現在は仕事も、次のステップアップを目指すため、日々、奮闘中です。
イベントも、おかげさまで忙しくさせていただいてます。
おかげで、Songマラソンが、手付かずのまま、気付けば、8月です。
本当は年1回のペースで、開催できるのが、一番、いいのですが。
自分自身の心と体と、相談しながら、のんびり、準備を始めた段階なので、年内に開催できるかどうかは、分かりません。

協力していただいた方には、本当に申し訳ないと、思っています。


最近のニュースを見ていても、世界は待ったなしで、また、新たな戦争への道を歩み始めています。
戦争や、その爪跡で苦しんでる人達には待ったなしなのは、重々、分かっているつもりです。
しかし、やるからには中途半端なものにはしたくない。

私は経済とか、政治とか、難しいことはよく、分からないけど。
この企画に、賛同してもらいたくて、企画書を作る度、それらしい言葉で書いてきたけど。
自分の言葉で、改めて、Songマラソンの思いを書きます。
私は引きこもりだった頃、色んな映画や、テレビ番組をひたすら、見漁ってたけど。
どんな、僻地の少数民族でも、音楽の存在しない部族はいない。
旅番組で、日本のタレントが、アフリカの奥地とかに行くと、必ず、そこには歓迎の歌と、別れの歌が、あった。
言葉は通じなくても。
音で。
音を楽しむことで、なんとなく、相手が言いたいことが、伝わるって、なんか、すごいなって。
「戦争を望んでるわけじゃない」って、音で伝えていけたら。
案外、簡単に世界は救えるかもしれないって思った。
飢餓で、死んでいく子供も、いなくなるかもしれない。
だから、音楽は万国共通語。
だから、世界を救う。
私は、そう、信じる。
それをみんなにも、伝わればいいなって、このイベントを始めました。
本当はずっと、やりたかったけど、やり方が、分からなくて、胸にしまったままだった。
でも、震災があって。
本気で明日、死ぬかもしれないって思った。
明日、死ぬんだとしたら、失敗してもいいから、やりたいことを全部、やってからがいい。
そう、思って、やりたいって言ってみたら、意外と、みんなが
「やってみたら、いいじゃん」
って、言ってくれました。

 

本当にありがとうございます。
今まで、応援してくれた人達の思いも、含めて、どうしても、Songマラソンだけに、自分の情熱や思いを傾けることが、できない状況で、中途半端にやりたくなかった。
なので、今年はこんな形になってしまいましたが。
それでも、私の信じるところは変わりません。
年内に開催できるよう、やれるだけ、やってみます。

 

静岡県のみなさん。
また、いつか、きっと、そちらで開催することになると思います。
その時はよろしくお願いします。

 

山梨県のみなさん。
今年はこちらで、開催します。
まだまだとにかく、やらせてくれる場所を探し始めたところです。
これから、色々な方に、色々な形で協力をお願いすると思います。
その時はどうか、よろしくお願いします。

 

また、何か、進展など、ありましたら、報告させていただきます。

遅くなりましたが、今年のとりあえずのSongマラソンの報告として、書かせてもらいました。

長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。